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大戦の史跡

大戦の史跡なんだろうなと思いつつこの標識の前を通り過ぎる事多分50回以上。ケアンズ在住の人なら「あーこの標識は」と認識されているかもしれない。初めて分岐してみた。

大戦の史跡注意していないと絶対通り過ぎるような、目立たない爆弾型のモニュメントがそこにはあった。

大戦の史跡「1942年7月31日午前3時半、日本軍の航空機が8発の爆弾をこの地域に投下。一発はこのモニュメントの後方50mに着弾し、砕けた家の鉄壁の破片が寝ていた二歳半のカーモルさんの頭蓋骨に衝突、彼女は第二次大戦終戦までの間でオーストラリア東海岸地域における敵による唯一の民間人犠牲者となった。50年後、縁者によって式典とともにこの碑が追悼のため立てられた」

日本軍による空襲は有名なダーウィンとブルーム、それからタウンズビル(レーダー基地)までは知っていたけどまだまだあるんだろうな。この一面のサトウキビ畑の何が攻撃目標だったのだろう。そして、午前3時半という時間帯に当時の有視界飛行の戦闘機が一体どうやってどこから飛んできたのだろう。

2009年12月25日 17:26| | コメント (0)| ↑このページの一番上へ戻る|ホームへ戻る|

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